現代陰陽師の美術観察帖 f.f.f.
アートから遠く離れて
〜Far From Fine Art〜
美術館の外で、文化を読む。
呪術、戯画、マンガ、アニメ、寺社仏閣、映画・芸能、歴史・民俗学。
遠回りして、本質へ。ARTの心眼
Critical Culture Magazine
小特集・美術と呪術の交差点
太陽の塔はなぜ聖地となったか〜6400万人を集めたパワースポット──万博とは何か? 祝祭、人類の臨界点
1970年、日本が万博の舞台に立ったとき、世界はすでに高度経済成長と冷戦構造の只中にあった。人類が月面に到達し、人工衛星が飛び交う時代。テーマは「人類の進歩と調和」──あらゆる先端技術の粋が展示されただが、この万博は同時に、全く別種の「原始の声」を内包していた。
それが、岡本太郎による《太陽の塔》である。中央広場に突如屹立したこの巨大な造形は、単なるモニュメントではなかった。その内部、地下空間にこそ、彼の思想は具現化されていた。「生命の樹」と名づけられた空間には、アフリカの仮面、南米の祈祷像、アジアの宗教遺物など、世界各地の“呪術的造形”が密集していた。
出雲大社はなぜ他の神道系神宮と違うのか〜出雲に迎えられること・争いと新時代の神スサノヲの到来〜
出る雲。空の雲々が競り上がり、太陽を迎え入れる。西方に沈む陽を拝むとき、神々が出現する。極東日本の地で勤しむ仏道修行者しかり、修験・陰陽道においても西方浄土の現れが、この「出雲」という地名の命名に秘められている。
稲佐の浜で、「御砂」として浜の砂をいただく。厄除け、土地の清め、結界の意味を持つと伝えられる砂である。
砂とは不思議な存在だ。岩が砕かれ、時間に磨かれ、粒になったもの。巨大なものの記憶が、掌に乗るほど細かくなっている。人の災いもまた、巨大な不安の塊ではなく、細かく砕いて流していくしかないのかもしれない。
茶室とは本来こういう場だったのではないか〜おそらくは珠光・紹鴎・利休と受け継がれるまでは…
現在の裏千家・表千家を筆頭に連なる「茶道」は、ある一面でしかなく、おそらく珠光、紹鴎、利休と受け継がれるまでは、こうした人間の持つ特性が扱われた”場”であったのではないか、と私は考えている。
人の意識・心・思考の根底に眠る、無意識・潜在意識・氣の解放と調和が、みごとに統合される空間だったのではないかと…。
だからこそ信長、秀吉と時の権力者、戦国武将最高峰の精神を、茶人・千利休は確実にグリップしていた。そのあまりにも強い影響力を持ったがために、その呪術は封じられた。利休は茶室という呪術空間を操った、安土桃山の新時代の陰陽師であった。
茶人呪術師・利休は、秀吉から切腹を命じられ、自害に至った。
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アートから遠く離れて〜現代陰陽師の美術観察帖〜
運命鑑定家・陰陽師
清藤誠司
Seiji KIyofuji
この媒体(Webメディア)は、美術を中心にしながらも、
私たちの周りに広がる本当の文化の地層を知るための観測情報マガジンである。
寺社仏閣、呪術、民俗、マンガ、アニメ、映画、都市、歴史。
一見ばらばらに見えるそれらは、同じ根から立ち上がっている。
作品は単体で存在しているのではない。
時代、社会、無意識、信仰、欲望。
その交差点として現れる。
本サイトでは、表層的な情報や評価ではなく、
その背後にある構造と精神の流れを読む。
遠く離れることで、見えてくるものがある。
【編集・主筆】清藤 誠司|セイジィ・キヨフジ
メディアディレクター/美術評論・作家/運命鑑定家・陰陽師
テレビ番組制作の現場を経て、
芸術、歴史、精神文化、サブカルチャーを横断的に考察。
言葉と映像で、時代の深層を読み解く。
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